キャンパスツアー参加者集めの「舞台裏」

上掲の写真は、今年3月末 徳島市にある進学校の担当者を訪ねる直前、その高校の玄関前に立つ岡南支部長の様子です。
まるで入学試験に臨む受験生ばりに緊迫した表情の支部長ではありますが、当然のことながら高校入試のために訪れたのではありません。高校はもちろんのこと、既に半世紀近く前になりますが、大学も卒業されています。
そんな同志社校友会徳島県支部長(「徳島同志社クラブ」第8代会長)が、ご老体に鞭打って(岡南支部長ごめんなさい)、毎年この時期に県内有数の進学校を意欲的に訪問しているのは何故か。
徳島県支部が行なっている「同志社大学キャンパス見学日帰りバスツアー」は2024年6月が第1回目の実施でした。
当時の徳島県支部としては、前代未聞の試みゆえに恐る恐る手探りで準備に当たっており、少しでも不安を和らげるために安全を期して参加者はすべて保護者同伴とし、なおかつ少人数での開催としました。
従って第1回目のツアー参加生徒は5人、しかもそのうち高校3年生は2人だけでした。
しかしそこは強運の持ち主である岡南支部長、第1回目の参加者から翌春いきなり同志社大学合格・入学者が出現しました。

「徳島在住の優秀な生徒さんたちに『同志社大学』を実感してもらいたい」
「大学の具体的なイメージを持って日々勉強を頑張ってもらいたい」
といった我われスタッフが普通一般に抱くのと同様の思いを岡南支部長も持っておられるだろうと想像します。

しかし恐らくはスタッフ以上に同志社校友会徳島県支部の支部長として、もっといえば徳島同志社クラブの会長として、大都市を擁する他県とは異なる、徳島県のOB会が向かいつつある現実を見通しているということもあるでしょう。
新島襄先生は生前『同志社大学設立の旨意』に賛同者として名を連ねた勝海舟に対して「大学の完成には200年かかる」と答えたと言われています。
同志社英学校を開校したものの、たった15年後の1890年に亡くなった新島先生が当時「200年」と考えていたとすれば、そのとき必ず自分の遺志を継ぐ同志の存在を強く意識し、熱望していたはずです。
昨年同志社は150周年を迎えましたが、新島先生が理想とする「同志社」の実現まではまだ道半ばなのでしょう。
であるならば我われは新島先生の遺志を継ぐべき当事者の一人なのではあるまいか。

「良心碑」前(第1回キャンパス見学ツアーより)
今出川キャンパス正門からスタートする同志社大学キャンパス見学ツアーにおいて岡南支部長は毎回、入ってすぐにある「良心碑」を参加してくれた生徒さんたちに紹介しています。
ひょっとすると岡南支部長は、新島先生が希った「良心の全身に充満したる丈夫の起こり来たらんことを」という抽象的な理念・願望を体現しようとしているのかも知れません。
どなたか聞くことができる方は、岡南支部長に本音のところを聞いてみてもらえませんか?

