歴史的な場面か⁈ 経済研究会&懇親会の開催
令和7年11月18日、徳島同志社クラブの恒例行事である「経済研究会&懇親会」が日本料理 笹乃庄にて開催されました。
今回は、我われ新参者にとっては「歴史上の人物」と言っても過言ではない、徳島同志社クラブ第5代会長の武知宏之さんが何十年ぶりか? に出席されました。
岡南支部長(第8代会長)が初めて事務局長となって活動を始めた時に会長だった方だそうです。

岡南支部長(右から3人目)
開会に先立ち、岡南支部長による挨拶では徳島同志社クラブが校友会徳島県支部として昨年から行っている「キャンパス見学ツアー」が校友会のみならず大学からも評価して頂いているとの報告がありました。
今回の経済研究会は、今年の7月 小松島市の副市長に就任した小笠恭彦(おがさ やすひこ)氏(S59年 商学部卒)に講演をお願いし、例年の研究会とは趣向を変えて「同志社ラグビーの歴史」についてご講義いただきました。

小笠小松島市副市長(中央)
同志社大学ラグビー部は1980年代には4度(1980年、1982年、1983年、1984年)の大学日本一に輝き、特に82年~84年は史上初の3連覇を達成して、当時は大学ラグビー界の「偉業」と言われたそうです。
しかし小笠氏が注目したのは「1981年」の選手権大会。
準決勝の明治大学戦で、リードしていた同志社の選手に対するレフェリーからの退場宣告「事件」がありました。その後 同志社は一人欠けた14人で明治と闘わなければならなかったそうです。
結果は「7-20」で敗退となりましたが、もしその年も勝っていたならば続く3連覇と合わせて「5連覇という歴史が残ったはず」という同志社人ならではの願望「論」も加わりました。
とは言え、同志社が敗退した準決勝の観客数が60,000人(国立競技場)、決勝の明治-早稲田戦の観客数は55,000人(同)ということで同志社が出場した準決勝戦のほうが動員数が多く、データで見ても名実ともに当時の同志社ラグビーは最高であったのかも知れません。

伊藤輝明副会長
研究会のあとは伊藤輝明副会長から、今月1日に行われた「全同志社人ゴルフ大会」に出場した結果報告に続く乾杯の発声により懇親会に移りました。


歴史的場面?第5代会長の武知さん(左)と竹内さん
今回は竹内事務局次長が初めて経済研究会&懇親会に参加したのですが、タイミング良く滅多にない武知宏之第5代会長の参加と重なり、相変わらずのラッキーガールぶりを発揮していたように思います。





戸井田龍行さん(中央)
最後の挨拶は今年も戸井田龍行先輩にお願いし、締めていただきました。

